LISBONの店長コラム


ポルトガル最南端アルガルヴェ地方

3月19日~28日まで、ポルトガルに行ってきました。今回は仕入れだけでなく、最南端のアルガルヴェ地方に足をのばしてみました。ヨーロッパやアメリカでは知名度が高いのに、日本ではあまり知られていない観光地です。 変化に富む断崖が連なる海岸線と黄金砂のビーチ。背後には標高差数百メートルの山が屏風のように続いています。そのおかげで、大西洋側にあるにもかかわらず、気候は地中海性で、夏は22度前後、冬でも16度以下にはならない温暖な地方なのです。さらに、豊富な魚介類から始まって、豊かな食材が揃い、地元産の各種ワインとともに味わう食事は格別です。素晴らしい景観、温暖な気候、美味しい食事の三拍子が揃っている「これ以上のリゾート」はないとまで言われています。
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激しい波が刳り抜いて創り上げた無数の洞窟や海洞。夏には、多くの観光客が舟で海洞を見物するようです。
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# by lisbon-jp | 2013-04-12 16:04


切々と心に伝わる歌声~ファド-FADO

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ファドはポルトガルの心を歌い上げる。「ポルトガルとポルトガル人の心を語る時に、なくてはならないもの。それがファドと呼ばれる歌にある。」。ファドは1870年頃にリスボンのアルファマ地区で生まれたといわれています。現在、ファドには、リスボンのファドとコインブラという町で歌われるファドがあります。リスボンのファドは、実らぬ恋の苦しさ、海へ出て帰らぬ恋人を待つ想い、達成されなかった夢といった、哀愁、憂いの感情、ポルトガル語で言う“サウダーデ”の心を表現しています。自分の心の奥底にあるものを切々と語り、歌い上げるものです。黒い服を身に纏った歌い手がギターラ・ポルトゲーザというポルトガル独特の、胴が円形で底が平たい12弦ギターの伴奏で歌います。毎晩、裏町のファドハウス、小さな酒場でも、プロ・近所の人達など誰かが必ず歌っています。コインブラのファドは、数多くの詩人を輩出し、ポルトガル最古であり、素晴らしい観光名所であるコインブラ大学の学生の間から生まれたものです。リスボンの裏町で歌われる悲しい旋律のファドではなく、美しい自然や青春の感傷を明るく歌い上げるのが特徴です。セレナーデを基調にした旋律を、もっぱら男性のファディストが歌います。
さて、この写真の商品は、ポルトガル大手磁器メーカーである、VISTA ALEGRE社製のFADOを歌い、伴奏する人達が描かれたコーヒーカップです。おしゃれなカップ&ソーサー、HPでご覧下さい。
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# by lisbon-jp | 2012-11-29 16:29


大航海時代の主要港 ベレン地区

 リスボン市西部のベレン地区。
観光客にとって最も印象に残るのは「発見のモニュメント」です。紺碧の海と四月二十五日橋を背景に、白く輝くモニュメント。高さ52メートルの帆船をモチーフにした塔は、港に向かって舳先をたてています。先頭に立つのはエンリケ航海王子。その後ろには、同じ時代、様々な分野を担った、航海者・学者・詩人・宣教師達の像が続いています。他国に先駆けて、ブラジル・アフリカ・東洋の果てまで、大きなネットワークを築いた人々の、希望と誇りに満ちた姿が再現されています。1960年にエンリケ航海王子の500回忌を記念して建てられました。そこから岸壁沿いに西へ800メートル程行くと、遠目からは中世の古城のように見える「ベレンの塔」があります。1階に水牢、2階は四方に守備の為の小塔が水辺に向かって突き出ており、その下の窓から大砲が構えています。3階は王の居室で、遠い海外拠点から帰還した船をテラスから謁見したそうです。マヌエル様式の美しい宝塔。遠い東洋やブラジルから苦難の末に故国にたどり着いた軍人・船乗り達にとって、この見事な光景は素晴らしい感動をもたらすものだったに違いありません。王族を先頭に王室の事業として数代続き、莫大な利益をもたらしたポルトガルの海外交易、開発事業には、このような気配りがあったからだと思われます。「ベレンの塔」は、1983年にユネスコ世界遺産に登録されました。
 写真は「ベレンの塔」が描かれた、タイルです。a0053466_1450248.jpga0053466_1450248.jpg
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# by lisbon-jp | 2011-08-26 14:50


ポルトガルのクリスマス

ポルトガルはカトリックの国。クリスマスは一年で最も大切な日です。不景気は、どこ吹く風、街には、プレゼントを買う人々で溢れています。でも、クリスマスのイルミネーションは、節電の為、今年はかなり寂しいものになっていましたが…この写真はリスボンの裏通りにある食料品店です。透明のケースに入っているもの、なんだか分かりますか?塩漬けした鱈です。鱈はクリスマスの料理に欠かせない食材です、サラダ・スープ・メインディッシュに使われます。このお店の入り口には乾燥させた鱈が山のように積まれてありました。
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# by lisbon-jp | 2010-12-24 14:11


シントラのお菓子屋さんの前で

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リスボンから西へ28キロほど行くと突然大きな山塊が立ちはだかる。シエラ・デ・シントラと呼ばれる標高500m程度の山々だが、海岸から近く、海と川に取り巻かれているためか絶えず霧に覆われている。濃い樹林に被われていて、あちこちに泉が湧き出している。シントラは絶好の避暑地です。町全体は王宮を中心にしっとりと落ち着いています。かつて、詩人バイロンは、この町を「この世のエデンの園」と称えた。世界遺産に登録されるのも、もっともだと思わせる町です。
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# by lisbon-jp | 2010-06-26 13:31


ロカ岬

“AQUI・・・ONDE A TERRA SE ACABA E O MAR COMECA・・・”ーここに地果て、海始まるー
詩人ルイス・デ・カモンイスの有名な言葉と共に、“ヨーロッパ大陸最西端の地”と刻まれた碑が立つロカ岬(Cabo da Roca)。シベリアを東の端とするユーラシア大陸の西の端です。大西洋に突き出た140mの断崖は、碑の周辺に低い塀があるのみなので、なかなか迫力があり、感動的ですらあります。岬の一角にある観光案内所ではシントラ市発行の最西端到達証明書を発行しており、名前や日付などをゴシック文字で書き入れてくれます。大西洋を吹き渡る風をうけて岬にたてば、はるばると訪れた感慨もひとしおです。
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# by lisbon-jp | 2009-10-01 15:14


代々の王妃に愛された町、今も華やかさが残るオビドス

リスボンの北86km、オビドスは城壁に囲まれた人口800人ほどの小さな町です。
町の歴史は、ローマ時代に海からの敵の侵入を防ぐため、砦が築かれたことにさかのぼります。その後、イスラム教徒に征服され、1148年アフォンソ・エンリケス(アフォンソ1世)によってムーア人の支配が終わると、町の再建が行われました。1282年、ディニス王とこの町を訪れた王妃イザベルは、この小さな町の美しさに惹かれ、王妃の直轄地としました。それ以降、1834年まで、オビドスは代々王妃の直轄地となり、今なお中世のままの姿をとどめています。30分もあれば一回りできるほど小さな箱庭のような町。『谷間の真珠』と呼ばれる絵のような可愛い町。気ままに、あちらの道、こちらの小路と歩きまわってみるのが最高ですが、スタートはやはり城壁の西の門・Porta da Vilaから。イスラム時代に造られたオビドスのメインゲートです。敵の侵入を防ぐため2重のジグザグ構造になっており、内側に小さなお堂が祀られています。アーチ型の通路の内側は18世紀のアズレージョ(装飾タイル)で覆われていて、必見の価値があります。門を入ると、小さな広場。2本に分かれる道を左に進むと、オビドスの中心街のディレイタ通り(Rua Direita) 。ブーゲンビリアやゼラニウムの花で埋まった白壁の家にかこまれているこの石畳の通りには、みやげ物屋やレストランなどが並んでいる。300mほど歩くと、サンタ・マリア広場があり、町で一番大きなサンタ・マリア教会が立っています。1444年、10歳のアフォンソ5世が、従妹でもある8歳のイサベルと結婚式をあげたのがこの教会。教会内は、壁全面が17世紀のアズレージョで覆われ、内陣にはルネサンスの代表的彫刻家ニコラ・シャントレーヌによる石棺があります。教会の右手奥には市立美術館。ディレイタ通りをさらに進むと、突き当たりに小さな城があり、現在はポサーダ(古城を改築したホテル)として使われています。
オビドスみやげとして有名なのが、ジンジャというサクランボを漬け込んだ果実酒。口あたりはいいが、ワインよりアルコール度が少し高いので、ご用心。
リスボンから車で1時間半もかからないオビドス。お勧めのスポットです。
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# by lisbon-jp | 2008-08-01 13:06


「王妃の隠し湯」・「王妃の温泉医療」の町CALDAS・DA・RAINHA

オビドス(オビドスについては、次回のブログで書きます。)の北6kmにある町カルダス・ダ・ライーニャa0053466_1527272.jpgは王妃の鉱泉で有名。1484年、ジョアン二世の妃レオノールがバターリャへの旅の途中、この町を通りかかった時、道端で硫黄の匂いのする湯につかっている農民たちに出会いました。聞けばリウマチに効果があるとのこと。そこで王妃も湯につかったところ、効果てきめん。すっかり温泉が気に入った王妃は、熱心に資金集めをして、1485年に鉱泉病院を設立しました。病院である為、日本のように誰でもは入れないのですが、入口で依頼すれば、中を見学することができるようです。隣接する病院博物館には、病院の成り立ちや町の歴史に関するさまざまな資料が展示されています。
又、この町には、もとは鉱泉病院付属の森だったドン・カルロス1世公園があり、ジョゼ・マリョア美術館、陶器博物館があります。この近くに当店でも扱っていますボルダロ・ピニェイロ(B・P)社の工場があり、私がポルトガルに行った時には必ず訪れる町です。
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# by lisbon-jp | 2007-06-15 15:27


アルコバサという街

アルコバサ】 
 当店が、クリスマス用品として直輸入している器はアルコバサにあるベルナルダ社から届きます。
リスボンから北へ車で約2時間、街のなかをアルコア川とバサ川が流れています。2つの川が交わるのでアルコバサという名がつきました。修道院が造りだした清涼感ある街です。山々に囲まれた小さな、静かな街。
 見どころは、修道院と国立ワイン博物館です。
★禁欲を旨とするシトー派サンタ・マリア修道院は、シトー派建築の特徴である簡素な建物で、内部の造りも清貧の精神が表れた質素なものです。しかし、中には、壮絶なまでの愛を貫いたペドロ王子と侍女イネス・デ・カストロの華麗な装飾を施された柩がならんで安置されています。ポルトガル彫刻の傑作といわれており、必見です。
★国立ワイン博物館は、ワイン蔵を利用して造られています。地元のワインはもちろん、マデイラ、ポルトなど各地のワインのボトルやラベル、昔使われていたワイン樽やブドウ絞り貴などの道具が展示されています。
 修道院前の広場に主要な施設が殆ど集まっているような小さな街です。でも休日ともなると観光客で広場がいっぱいになります。一度は訪れてみたい街です。a0053466_12424814.jpg
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# by lisbon-jp | 2006-11-23 12:42


北ポルトガル


【コスタ・ヴェルデ】(青い海岸)
 ドウロ川上流の渓谷にはブドウ畑が広がり、流域の街にはワイン工場が並んでいます。
ポルトガル発祥のこの地は、その名のとおり緑の土地です。
ポルトガル北西部のドウロ川とミーニョ川という母なる2本の川と、温暖な気候がこの地に豊穣をもたらし、芳醇なワインの産地となりました。
リスボンから北上すること300km。スペインに水源を持つドウロ川が大西洋へと注ぐ丘陵地帯に、ポルトガル第2の都市ポルトがあります。その名からも分かるように、ここがポルトガル発祥の地であり、甘く濃厚な味わいで知られるポルトワインもこの都市の名に由来しています。歴史的に説明しますと… 8世紀初頭、この地を支配していたローマ帝国が衰退し、代わって支配権を得たのはイスラム教徒のムーア人でした。997年、フランス貴族のアンリ伯爵が立役者となりイスラム勢力を駆逐し、ふたたびキリスト教徒の地となりました。彼は土地の名にちなみポントカレ伯となり、息子のアフォンソ・エンリケスがポルトガル初代の国王となりました。そして、14~15世紀の大航海時代には、リスボンと並び進出の拠点港として栄えました。大航海時代の幕を開けたエンリケ航海王子の生誕地でもあります。観光には、ドウロ川沿いの旧市街がお勧め。中世の街に迷い込んだような雰囲気が堪能できます。街歩きの後にはポルトワインの醸造所を訪ねてみるのも楽しいです。ガイア地区にはポルトワインのメーカーが50以上もあるそうです。昔ワイン樽を満載したボート(ラベーロ)が醸造所の前の河岸に着いたということですが、今は観光用のラベーロがみられるだけです。毎年6月24日の聖ジョアン祭りではラベーロのレースがみられるそうです。ポルト歴史地区は1996年世界遺産に登録されました。
バルセロスはのどかな街。ポルトガルのシンボル、赤い雄鶏はこの街で生まれました。:スペイン北西部の聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラ詣での途中、ある巡礼がこの街で無実の罪をきせられて死刑を宣告された。巡礼はサンチャゴ(聖ヤコブ)の加護を祈り、裁判官の家を訪れた。ローストチキンの昼食をとっていた裁判官に、無実の証に奇跡がおこると告げたところ、皿の上の鶏が立ち上がって鳴いた。裁判官は巡礼を無実とした。:という言い伝えがあります。毎週木曜日に開かれる露天市もおもしろいです。
ギマランイスはポルトガル初代国王アフォンソ・エンリケスの生誕の地です。アフォンソ1世ゆかりの史跡が数多くあり、歴史の重みが残っている味わいのある街です。
ブラガはブラガ県の首都。“ポルトガルの庭Jardim do Portugal”と呼ばれるほど、鮮やかな緑、色とりどりの花にあふれ、豊かな農作物、おだやかな風光に恵まれた土地です。歴史的な背景もあり、別名“祈りの街”といわれる宗教都市でもあります。教会や聖堂が数多く点在し、ブラガ郊外にある聖地ボン・ジェズスは全国から巡礼者が訪れることで知られています。
コスタ・ヴェルデにはそのほかにも小さな街があります。
☆スペインとの国境をなし、頑丈な城壁が張り巡らされたヴァレンサ・ド・ミーニョ。街の中心は星型の要塞に囲まれた旧市街です。
☆大西洋沿岸、リマ川の河口に開けた街、ヴィアナ・ド・カステロ。古くから漁港、貿易港として栄え、大航海時代に活躍した船員達はこの街出身者が多いといわれてます。この街で有名なのは巡礼祭、“ロマリア祭り”。別名“嘆きの聖母祭Festas da Senhora da Agonia”といいます。祭りは近くの嘆きのマリア教会Nossa Senhora da Agonia への宗教行列がメインとなっています。女性は黒い民族衣装を身にまとい、白いスカーフをつけ、手に花で彩られた美しい燭台を持ってこの行列に参加します。行進が終わると、町中がお祭り広場と化します。歌、民族舞踊、闘牛、花火、そして市がたつ。ポルトガル全土から巡礼者が集まるミーニョ地方最大のお祭りです。
リンドーソ。60ほども群集している高床式のとうもろこし倉庫エスピゲイロEspigueiro が有名。山あいの国境のちいさな村。
アマランテ。しばしばポルトガルを紹介する風景写真にも登場する美しい景観を持った街。
3世紀頃、愛を授ける守護聖人ゴンサーロが定住したとされており、縁結びの街としても知られているそうです。
小さいけれど、美しい町がある。そんな北ポルトガルです。
★2001年末にギマランイスの中心部歴史地区ドウロ川上流の丘陵地帯が世界遺産に登録されました。
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# by lisbon-jp | 2006-01-08 16:27

    
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